iQ GRMN×Racer インタビュー ※本車両は2009年、限定100台販売。生産・販売は終了しました。

クルマ作りのマイスター成瀬弘が語るiQ GRMN のこだわり

トヨタ自動車に成瀬弘という男がいる。エンジニアとしてトヨタモータースポーツの草生期を支え、
また、評価ドライバーとしてトヨタ2000GTやセリカ、ハチロク(AE86型:カローラ レビン/スプリンター トレノ)、MR II、アルテッツアなど、
トヨタが生み出してきた数々の名車の開発に携わってきた伝説の職人である。
「成瀬弘無くして、トヨタスポーツカーは誕生しなかった」とまで言われる、彼が手がけた「iQ GAZOO Racing tuned by MN」とは?
レーシングドライバー、木下氏、飯田氏がマイスターに直撃インタビュー!

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一般の方でもレーサー感覚で楽しめる。

木下
ようやく成瀬さんが手がけた「iQのGAZOO Racingバージョン」がデビューしたんですが、コンセプトを教えてもらえますか。
成瀬
オリジナルから何を変えようかっていうところなんですが、要するに乗って楽しい、面白い、格好から言ってもそういうクルマだと思ってる。車高をちょっと下げて、そのためにバネを少しレートアップ、それに対してアブソーバーの減衰力でうまく味を出してる。あと、ボディーの補強とサスペンションのブッシュの左右の動きをちょっと小さくしてある。それと、マニュアルミッション(の採用)です。
木下
(マニュアルは)日本ではまだ出てないですよね。
成瀬
えぇ、出てないですね。そういう意味では皆さん、小さくてマニュアルがいいって言ってね、結構楽しめるんじゃないかな。
木下
エンジンの排気量も違うんですよね。
成瀬
1300ccです。そういう意味では、普通の方が、ちょっとした遠出で楽しむとか、サーキットでもある程度楽しめるとか。プロの方は別として、一般の方でもちょっと練習をしたり、レーサーの感覚で楽しめるんじゃないかと思って、そういう“味”を出そうということでやってみたわけです。
木下
ストリートからサーキットまで走れる。
成瀬
そういうことですね。
木下
ずいぶん(楽しみ方が)幅広いですねぇ。
成瀬
えぇ、贅沢にちょっとね。飯田さん、木下さんみたいなプロの方は、パワーも無いし、つまらんだろうけど、こういうクルマを買われる方ってのは、昔、スターレットなんかでよくかっ飛んでたような……。ああいうような“味”が出るんじゃないかと。
木下
我々も速く走るのが仕事の一つですけれども、こういうクルマだと、タイムというより楽しく走りたいという思いもあるので。
飯田
そうですね。
成瀬
まぁやっぱり、見て「面白そうだな」、乗ってみて「楽しかった」、クルマを降りてからは「けっこう面白いね、あのクルマ。値段から言っても、結構楽しめるんじゃない」という、要するに、料理で言う「先味」「中味」「後味」って言うんですか……。その辺に気をつけながら、今まで経験したいろんなこと、皆さんのいろいろな話を聞きながらまとめたら、こういう結果が出せたかなと。
木下
今の「先味」……というのは、最初味わった瞬間に喜びがあって、それが持続していく。そして食べ終わった後も余韻が残るような感じですか。
成瀬
「もう一回乗ってみたいな」、「もう一回あの店屋行きたいな」という、そういう面白さが残ればいいなぁと思っている。
木下
ホイールベースが短くって、その割にはトレッドがあってスクエアな、そういうクルマを作るっていうのはやっぱ難しそうだなぁと思うんですけれどもね……。
成瀬
一番やっぱり気にしていたのが、どうしてもターンインするときに、フロントがヘビーでリアが浮くっていう心配がありましたよね。それをうまくバネとアブソーバーで、あと補強バーで(チューニングして)、その辺をクリアできてるなという感じがします。

ステアリング重視のチューニングで、クルマをリード。

木下
あとは、成瀬さんが作るクルマっていうのは、割とステアリングの初期から切れ味がいい。
成瀬
はい。
木下
それが(成瀬さんの)好みだと思うんですけど……。
成瀬
そうですねぇ。僕は欧州に色々走りに行ったり、欧州の人間と色々やったりしてるうちに、やっぱりクルマっていうのは、自分で(ハンドルを)切った通り、思うように行かないかんね、とね……。遅れがあるとやっぱりなんか「あれっ?」て思うでしょう。そう思わせない、要するになんと言ったらいいかな、最近欧州ではアジリティってよく言うんですよね。要するにステアリングの味、ハンドリングの味、それからサスペンションの味とかね。アジリティ、アジリティって……。それ何だと思えば、やっぱり自分の思うとおりにクルマが動くという(意味で)、そういうのがやっぱり欧州だなということでね。
木下
それはやはりハンドル?
成瀬
そう、もうステアリングがすべてだと。やっぱりステアリングが遅れればそれだけ舵角(だかく)も大きくなる、ということでね、戻すときもそれが遅れちゃうでしょっていうことでね。そういうんじゃいかんねっていうことで。ステアリングが、すべてクルマをリードしていく。そういう意味では、ステアリング重視でチューニングしてるわけです。
木下
我々も色々と開発させてもらっていて、章(あきら)なんかもハンドル切り込んで、そこだけよくすると今度スタビリティが足りないっていうね、その辺のバランスはどうやってとられるかね。
飯田
そうですね、トータルバランスですね。
木下
切れ味がよくても、すぐ後ろが流れて危ないって言うわけにも行かないし。
成瀬
お二人さんのよく乗られるクルマをチューニングするんですけども、やっぱし最初遅れれば、すべてがパーになるでしょ。最初よくても終わりがだめならだめでしょ。よく最初はいいんだけど、アンダーだ、リバースオーバーだっていうとあれでしょ。その辺がやっぱりバランスで、バネ・アブでけっこう直すところが出てくるわけですね。
それだけの経験をつんできてるし、そういう意味では、昔みたいに何もホイールベースが長いとかトレッドが広いっていうんじゃなくてね、短いなりのバランスの取り方がやっぱりあるってのがだんだん分かってきたっていう……。
木下
それは、苦労せずに完成したってことですか。
成瀬
いやいや、そこは色々苦労しましたけどね。そのために、今までお二人さんにいじめられてきた結果が、こういう風に簡単に出来たように見えるけどね。実は長年の苦労というか、皆さんが色々言ってくれた知恵が生きてきてるよね。
木下
その完成したクルマを、どんなお客さんに乗ってほしいですか。先ほど、割とレンジが広いっていうお話をされていましたが。
成瀬
まぁやっぱりこういう小さいクルマですから、あまり給料の高い人ではなく、まぁほんとは高い人でもね(笑)、ふだん高級車に乗ってる人でもね、たまにはちょっと、コンビニに行くようなときに使ってもらえればいいかなと。便利なクルマというかね。
木下
確かにこのクルマのハンドリングの楽しさってのがあるから、ノーマルのクルマよりこっちに乗りたいって風になるかもしれないですね。
成瀬
そういうのを狙って、幅広い、要するに道を選ばないとかね、人を選ばないとかね、そういう風にしようかな、というね。

騙すようなクルマではいけない。遊び心を起こさせるクルマ。

木下
あと、やっぱり最近、参加型のモータースポーツってのに出にくいじゃないですか。クルマがやっぱり無いですよね。こういうファミリーでも楽しめるクルマが。
成瀬
そうですねぇ、昔はやっぱりこういう小さいクルマでジムカーナだとかダートラだとか、サーキットでも小さいクルマで結構楽しんでた。楽しかったですよね。
最近よく、若者のクルマ離れとか言っとるけど、僕はそうじゃないと思うんだよね。こういうクルマが無いからなんじゃないかと。だからそういう意味では、決して若者がクルマ離れしているのではなくて、こういう遊び心を起こさせるクルマ、そういうのがやっぱり……。これでなんとか戻ってこんかなぁとかね。
木下
決してタイムの速い遅いではなく。
成瀬
そう。要するに、「乗って楽しかった! 俺は運転うまいんだ!」とね。そういう小さいクルマでもできんかなぁと。
木下
先ほど、コンビニにも使ってほしい、それからサーキットも行けるんだという、ずいぶん広い話をしていましたが。
成瀬
贅沢な話ですね、はい。
木下
我々はどっちかっていうと、サーキットなんか走るとギリギリまでいっちゃうタイプですけども、特に章(あきら)は! そんな我々でも、満足できますか。
成瀬
コントロールがしやすければ、けっこう楽しんでいただけるんじゃないかなと。
やっぱり、騙すって言うんですかね。行きはいいんだけど、なんか帰り騙されるとかね、そういう騙すようなクルマじゃいかんかなぁと。だからそういう意味では、最終的になっても、お二人さんの腕でコントロールできる。そうしたらけっこう小さくても楽しめるんじゃないかなと。その辺もちょっと気を遣ってるんですけどね。
木下
じゃあ、成瀬さんが言っているのが本当かどうか、さっそく確かめてみましょう。
飯田
えぇ、チェックしてみましょう。
成瀬
お二人さん厳しいですからね。(笑)

レーシングドライバー 木下隆之

木下隆之

レーシングドライバー。モータースポーツへの挑戦は学生時代からで、1984年、本格的にレースデビュー。全日本選手権やスーパー耐久レースで活躍をみせ、ニュルブルクリンク24時間耐久レースには、日本人として最多出場。ジャーナリストとして、自動車専門誌やTVなどにも活躍の場を広げている。

レーシングドライバー 飯田章

飯田章

1989年の富士フレッシュマンレースでデビュー。ツーリングカーレース出場で経験を積んだのち、1995年にはルマン24時間耐久レースでクラス優勝をはたす。F3000、JTCC、JGTC参戦を経て、2002年にはGT選手権チャンピオンを獲得。近年では、レクサスLF-Aを駆りニュルブルクリンク24時間耐久レースに2年連続(2008-2009年)で出場している。

成瀬 弘

トヨタ自動車 マスターテストドライバー 成瀬 弘

1963年トヨタ自動車工業(株)入社。最初はトヨタ自動車の車両検査部に臨時工として採用されたという異色の経歴の持ち主(当時、たくさんの資格を持っていて、自動車整備士のほかに珠算2級も持っていたことから危うく経理部に配属されかけたとか…)。根っからのたたき上げ、一貫して現場を歩いてきた人である。入社以来10年間、モータースポーツ活動に関わり、トヨタ7やトヨタ2000GT等を担当。1970年にはスイスに駐在、海外レース「ニュル・スパ」に日本から初参戦する等、トヨタモータースポーツの草生期を支える。量販車の開発では、2000GTからMRSまでスポーツ車全ての味付けを行なってきた。車両開発の聖地「ニュルブルクリンク(ドイツ)」の経験年数、走行距離は日本人トップクラス。フェラーリも一目置く、通称「ニュル・マイスター」、「世界の道を知る男」。65歳を越えた今でも、アウトバーンでテストを繰り返し、休日も妻とともに山間部を走りスキル維持に努める。妥協を許さない「エンドレスな仕事ぶり」と人情味の厚い人柄で、自動車ジャーナリストにも成瀬ファンが多い。

2010年6月に急逝。享年67歳。

成瀬氏が手がけてきた代表的なクルマたち

トヨタスポーツ800(1965)
トヨタ1600GT(1967)
トヨタ2000GT(1967)
トヨタ7(1970)
セリカ(1970)
ハチロク(1983)
MR2(1984)
スープラ(1994)
アルティッツア(1998)
MR-S(1999)
二代目プリウス(2007)
レクサスLFA(2010)

※成瀬氏が、メカニック、チーフメカニック、評価ドライバー、マスターテストドライバーとしてこれまでに担当した主なクルマ一覧です。